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あのラプンツェルを閉じこめた女は悪者なのか? “本当に知りたい” 『グリム童話』の学び方

東洋大学 大野寿子

白雪姫、ラプンツェル、ヘンゼルとグレーテルetc...初版刊行から200年の歳月を経てもなお、世界中の人々に愛され続けているグリム童話。そのグリム童話について長年研究を続けているのが、東洋大学国際文化コミュニケーション学科の大野寿子教授です。大野教授にグリム童話の魅力や、ご自身がグリム童話の研究者になったいきさつについてご紹介します。

大野 寿子(おおの ひさこ)
東洋大学 文学部 国際文化コミュニケーション学科 教授

福岡県太宰府市出身。2004年 九州大学大学院文学研究科独文学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。愛知教育大学専任講師を経て、2007年より東洋大学文学部日本文学文化学科准教授、2016年4月より同学科教授。2017年4月より同大学新設の文学部国際文化コミュニケーション学科に移籍し現在に至る。
専門はドイツ文学文化、伝承文学。特にグリム童話を中心としたグリム兄弟の業績を、文献学的立場から研究。
主な著書・編著に『黒い森のグリム―ドイツ的なフォークロア』(単著/郁文堂)、『カラー図説 グリムへの扉』(編著/勉誠出版)、『超越する異界』(編著/勉誠出版)、『グリム童話と表象文化―モティーフ・ジェンダー・ステレオタイプ』(編著/勉誠出版)。

東洋大学(白山キャンパス)
創立/1887年
所在地/〒112-8606 東京都文京区白山5-28-20
最寄り駅/白山

※本文内の対象者の役職はすべて取材当時のものとなります。

みなさんこんにちは。「死ぬまでは生きる」がモットー、Career Groove編集部の真田です。

先日、映画『美女と野獣』を観に行きました。実は私、ディズニー映画ってこれが初めてだったりします。
35年生きて初ディズニー。ファンから見たら超ありえへん話かもしれません。でも大人になっても「はじめて」があるって素晴らしいと思いませんか。何度経験してもいいものですよ、「はじめて」は。それはもう。

で、『美女と野獣』、正直心が震えました。気になる方はぜひ。ポット婦人に癒されますよ。

さて、ディズニー映画といえば、『白雪姫』『塔の上のラプンツェル』など、“グリム童話”を元にしたお話がたくさんあることでも有名ですよね。

今回は、そんなグリム童話の研究を行っている、東洋大学の大野寿子教授にインタビュー。

グリム童話は、“本当に怖い” のか?
グリム童話を学生が学ぶ意義とは?
グリム童話の研究者は何に着目しているのか?

童話を通して見られる “本当の” グリムの世界、そして大野教授のこれまでの歩みに迫ります。

東洋大学のなかにある “異界” の研究者の素顔

甫水(ほすい)の森にて、大野寿子教授 東洋大学の創立者・井上円了(いのうえ えんりょう)像の前で。この日は強く風が吹きつけていた。

東洋大学は、哲学を軸にした大学である。

創立者の井上円了は、哲学者として、後世に名をはせた人物だ。

ものごとの本質を追究する「哲学」を通じて “ものの見方・考え方” を学ぶことこそ、これからの時代に必要であると円了は考え、 “諸学の基礎は哲学にあり” という教育理念を掲げた。

その東洋大学は現在、5つのキャンパスを構えている。
その中心となるのが白山(はくさん)キャンパスだ。

都営三田線の白山駅から徒歩5分。総学生数約3万、そのうち約2万人が通うという白山キャンパスへ向かう道は、登下校の時間ともなると大勢の学生でにぎわいを見せる。駅から正門まで、交通整理員が東洋大学生へ呼びかけながら誘導している風景には驚いた。

正門を入って正面、8号館の脇には「甫水(ほすい)の森」と呼ばれる緑豊かな小路がある。甫水とは、円了の号だ。

その小路の階段を登った先に、井上円了像と井上円了記念博物館が現れる。
迎え出てくださった大野教授と共に、個人研究室へうかがった。

大野教授の研究室 大野教授の研究室にはグリム童話関連グッズが所せましと並ぶ。

「この部屋は “異界” みたいって言われているらしいです(ニヤリ)」


と言われて、ドキドキしながら大野教授の研究室に入ると、そこはまさしくグリム童話!
私たちの想像にたがわぬ “メルヘン” の世界が待っていた。

ぎっしりと本が並んだ本棚には、動物たちのオブジェやヨーロッパ雑貨が何とも心地よく配置されている。

奥の窓際ではホウキを持った魔女が、「いらっしゃぁ~い」とばかり睨みをきかせていた。

書類ファイルやバインダーなど、部屋はアップルグリーンでほぼ統一。とりわけ、カエルグッズがたくさん置かれていた。

カエルの王さまグッズ 「マールブルクのカエルの王さま、お出かけ中」と書かれた、グリム童話刊行200年記念グッズ。

「よく『カエル好きなんですね』って誤解されますが……本当は、このアップルグリーンが好きなだけなんです。

たまたまグリーンにカエルグッズが多いのと、『グリム童話』にも「カエルの王さま」というお話があるので、この研究室を見たみなさんが、ちょっとしたプレゼントやドイツ土産によく、カエル(の王さま)グッズをくださって……どんどん増えちゃいました。」


ドイツの “メルヘン” な雑貨があふれているだけでなく、この部屋で教授と話をすると、あっという間に時間が過ぎてしまうことも、“異界” みたいと言われる理由らしい。

そういえば筆者は、ドイツにはまだ行ったことはないが、大学でドイツ語を1年だけ、第二外国語として履修していたことを思い出した。

ローマ字読みに近く、舌を転がすような独特の息遣いが感じられるドイツ語の発音はどことなく親しみがあり、聞いていて心地がよかった。(ちなみに「アルバイト」もドイツ語の「働く」を意味するarbeitenが語源)

ただ、新たな外国語を学ぶのに抵抗があったせいか(つまりめんどくさくて)、授業にはあまり身が入らなかった。

「あ、気持ちはよくわかります。私もドイツ語は好きで始めたわけではないし、『グリム童話』の研究もこの職業も、“ある意味” 結果論みたいなところがあります……(笑)」

……えっ!?

グリム童話を読み解くことで、多角的な視野が育まれる

グリム兄弟像とラプンツェル挿絵

●時代が変わり続けても変わらない、“グリム童話” というブランド

みなさんは “グリム童話” と聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。

前述した『白雪姫』や『塔の上のラプンツェル』など、ディズニー映画を思い出す人。

“メルヘンチック” という言葉から、かわいらしい、ファンタジーな世界をイメージする人。

“本当は怖い” “恐ろしい” といった、表向きは童話でも実はダークな面がある、と考える人。

『硝子の棺で眠る姫君』『生と死を別つ境界の古井戸』……なんてサンホラに影響を受けすぎている人。

『グリム童話』はグリム兄弟オリジナルの創作童話集、と思われがちだが、実はグリム兄弟がドイツの民話や口伝を集め、編纂した “伝承文学” だ。

初版発刊1812年から今年(2017年)でちょうど205年となり、その翻訳数、読者数は聖書にも匹敵するといわれる。
2005年にはユネスコ世界記憶遺産に登録された。


「『グリム童話』は、映画や音楽やメディアミックスなど、さまざまに組み込まれては、脚色されたり解釈を加えられたりしています。 “グリム童話” が “グリム童話” ではなくなっているとも言えますし、逆に、それでも “グリム童話” は存在し続けているとも言えますね。

たとえばディズニー映画の「白雪姫」では、白雪姫が殺されるのは毒リンゴで1回だけですが、その元となった『グリム童話』の「白雪姫」では、なんと3回殺されます。ディズニーの白雪姫は王子のキスで生き返るでしょう。それがグリムでは、王子の家来のグーパンチで生き返ったり(初版)、家来が運んでいたガラスの棺が傾いた拍子にリンゴの欠片が飛び出して生き返ったりします(2版以降)。」


幼少期から親しんできたディズニーの「白雪姫」と原作『グリム童話』に、まさかそこまでの差があったとは……!

姫にグーパンチ(しかも背中らしい)なんて、まったくロマンティックのかけらもない。


「ディズニーの方がロマンティックで魅力的に見えたりもしますし、これだから本当の『グリム童話』は残酷だと言われたりします。

でも、ディズニーとグリムの間の “差異” にこうして気づくと、今度は “本当” のグリム童話に興味津々になったりしませんか?

そんな “本当” のグリム童話に関する雑学が最近は、バラエティ番組などにも利用されたりしています。

ディズニー映画に受容されて“グリム”の「白雪姫」が世界中に広まったと考えてみると……“グリム童話”は、どんなにカタチを変えてもきっと存在し続ける、不思議な魅力に満ちあふれているんでしょうね。」


●“魔女” でも “悪者” でもない?「ラプンツェル」ストーリーの裏側

『グリム童話』の研究意義とは何なのか。


「たとえば「ラプンツェル」で、彼女を塔に閉じ込める女性は “ゴーテルおばさん” といいます。ディズニーの『塔の上のラプンツェル』ではすごく悪者に描かれていますよね。

原作の『グリム童話』では、ラプンツェルが親元から引き離される理由が、ちゃんと書かれています。

身ごもった女性が『裏庭のラプンツェル(=サラダ菜)が食べたい!』とわがままを言い、困った旦那が仕方なく、裏庭(よその家)にサラダ菜を盗みに入り、そこで庭の持ち主のゴーテルに見つかってしまいます。

ゴーテルは『好きなだけ食べてもいいが、その代わり、産まれた子どもをよこしなさい』と契約をせまり、旦那さんはそれを承諾します。

生まれた女の子ラプンツェルは、約束通りゴーテルに渡され、“12歳” になると高い塔に閉じ込められるというわけです。」

東洋大学大野寿子教授

「このように、ラプンツェルが親元から引き離されるのは、母親のちょっとしたわがままと父親の約束に端を発しているのですから、ゴーテルは極悪非道でもないし、むしろ最初は、不法侵入の被害者ですね(笑)。

とはいえ、『女の子を閉じ込めるなんて残酷だ!』と思う人もきっと多いでしょう。

でもこの “閉じ込める” という行為、実は “いにしえ” の風習の名残ではないか、という民俗学的解釈もあるんですよ。

まだ文明や科学が発達していない “いにしえ” のヨーロッパの村落共同体では、身体が大人へと変化してゆく年頃の少女を1か所に集め、特に男性から隔離して、どうやって大人の女性となり結婚し子どもを産むのかという、いわゆる社会教育の場を設けていたといわれています。

ラプンツェルが暮らした “塔” は、女の子が昔、身体や心の成長のために、一時的に入らなければならなかった場所、つまり “通過儀礼” の場を象徴的に表現しているという解釈もあるんです。

そうなるとゴーテルは、“大人の女性になるとはどういうことか” を少女たちにレクチャーする、経験豊かな年長の女性の名残なのかもしれませんね。

また、『グリム童話』の原文ドイツ語を読むと、もっとおもしろいことが分かります。

ゴーテルには「魔女」(ヘクセ、Hexe)ではなく「女魔法使い」(ツァウベリン、Zauberin)という単語が使われています。グリム兄弟は、童話作家ではなく、実は大学教授で、言語学、法学、文学、歴史学、民俗学など多岐にわたって研究していた学者です。言葉の使い分けには、なんらか意味があると考えた方がよさそうです。

たとえば、「ヘンゼルとグレーテル」に出てくるのは「魔女」(Hexe)で、ご存知の通り、最後は死んでしまいますよね。もしかしたら、「魔女」(Hexe)の方が本当の悪者で、「女魔法使い」(Zauberin)の方は、一見悪く見えても、実はそうじゃない部分をもっているのかもしれません。

ただ、日本語訳で、“ヘクセ” も “ツァウベリン” も、両方とも「魔女」と訳されてしまうと、この仕掛けに気づけないのでもったいないですね。
そう、『グリム童話』の「ラプンツェル」の「女魔法使い」の “ゴーテルおばさん” は、実は罰されないんですよ。

このような残酷性の問題も含めた、“本当” のグリム童話を知りたい人は、完訳のテキストか、できればドイツ語原文を丁寧に読み、編者(彼らは作者とは名乗りません)のグリム兄弟の考え方や、彼らが生きた時代や文化などにいったん寄り添ってみると、偏りのない真実へと近づいていけると思います。

こうして1つのお話を、いろいろな角度から丁寧に客観的に見つめる経験は、“多角的視野” の形成に必ずつながるものですよ。」


●親から子へ、語り継がれたメルヒェンに息づくもの――ドイツ伝承文学の魅力

グリム兄弟が生きていた18世紀末から19世紀前半のドイツは、ナポレオン率いるフランス軍のドイツ侵攻により、神聖ローマ帝国が滅んだ時代だった。

ウィーン会議を経て、複数の小国からなる連合国としてドイツ連邦が生まれるも、各国君主の足並みがそろわず、ある意味不安定な状態が続くことになる。


「統一国家がない時代ならなおさら、自分が何者で、どんなルーツを持っていて、どこに所属しているのだろうと、アイデンティティを探し求める気持ちも強くなるように思えます。

“メルヒェン”(※)は以前は、書かれたものではなく “口承” 、つまり語り継ぐものでした。親から、そのまた親から、さらにそのまた前の世代から語り継がれてきた伝承文学の歴史(の長さ)は、もしかしたら民族の歴史(の長さ)に匹敵するのかもしれません。

※Märchen:ドイツ語で “短い報告” を語源に持つ、“短いお話” のこと。「童話」「昔話」「メルヘン」など訳語も様々。日本での「メルヘン」は、フワフワした(あるいはゴシックな)独特なイメージと結びつきやすいので、そのイメージから離れて原義に近い意味合いを示すため、ドイツ語の発音に近い「メルヒェン」と表記する研究者が多い。

語り継がれるなかで、付け加えられたり省略されたりしたエピソードもあるでしょうが、そんな “変化” も含めた “連続性” に、伝承文学の魅力が隠されているといえますね。

グリム兄弟がなぜメルヒェンを集めたのか――昔から伝わるメルヒェンのなかに残っている、自分たちのルーツやアイデンティティを感じさせるようなものを、大切にしたかったのかもしれません。

時代はフランス革命と産業革命を経験し、社会の形、産業の形、家族の形、そして子どもへの教育の形が変わっていきつつあったころです。だからこそ、グリム兄弟は、自分たちの文化に根づき、語り継がれてきた伝承を、未来に残すことが必要だと考えたのでしょう。

つまり、ルーツを探り過去を見つめる目線と、子どもたちの行く末を案じ未来を見つめる目線。『グリム童話』を考えるときの、この2つの目線はとても重要です。

そして、忘れてはならないのは、グリム兄弟の生きた19世紀のナショナリズムと、20世紀のナチス・ドイツ時代のナショナリズムとは違うということです。

統一国家のナショナリズムは時として民族至上主義や排他主義につながることもありますが、グリム兄弟の時代、ドイツはまだ統一国家を持ってはいなかった。ここはいったん区別して、慎重かつ客観的に考えるべきでしょう。」


『グリム童話』を、取るに足らない子どものためのお話だと思えばそれまでだろう。しかし原点に立ち返り、読み方、視点を変えれば、こんなにもグリム童話は奥が深い!

『グリム童話』は、私たちが思うよりもずっとずっと、世界を広げてくれるものなのだ。

グリム童話を学ぶ意義――学生との関わり方

ドイツの魔女

●卒論テーマ決めでは、学生を「質問攻め」! 大野教授の真意

おそらく大野教授の授業に参加する学生の大半は、なんだかんだいっても『グリム童話』が好きなのだろう。

では、大野教授はどのような思いで、『グリム童話』を教材にしているのだろうか。


「『グリム童話』の多角的視点を学んだことをきっかけに、自分とも向き合ってほしいですね。“本当の自分って何なんだろう” と思い悩む学生も時々いますから。

先ほどの「ラプンツェル」というお話1つをとってみても、いろいろな視点から見つめることが必要なのですから、たった1人の自分に本当に向き合うためにも、多角的視点は必要なのではないでしょうか?

受講生は、本当の『グリム童話』を知ろうとする過程で、綿密な調査が必要なこと、先入観に惑わされてはいけないこと、短い1つのお話でも客観的かつ多角的に検証しなければならないことが、だんだんとわかってくるようです。

たとえば私のゼミには、グリム童話研究やドイツ文学文化研究、ファンタジー研究で卒論を書きたいと思う学生がやってきます。時々、 “かわいい” 文化研究や “招き猫” 研究などの子もいますが(笑)私は必ず『なぜ好きなの?』と質問します。

『なんとなく好きだから』などと最初は言っていますが、好きな理由は、探せば必ず存在するはずです。ただそれに気づいていないだけです。

たとえばこんな面談がありました。

学生『ハリー・ポッターが好きです』
先生『それはなぜ?』
学生『魔法が好きだから』
先生『なぜ魔法が好きなの?』
学生『なんだかカッコいいから』
先生『なぜカッコいいと思うの?』
学生『嫌な相手をやっつけられるから』
先生『なぜ嫌な相手をやっつけたいの?』
学生『……』
先生『じゃあ、嫌な相手をやっつける道具に興味があるの? それとも嫌な相手をやっつけられるようになることに興味があるの?』
学生『やっつけられる自分に変われることの方に興味がある』
先生『もしかして魔法に興味があるのではなく、自分が変わるとか成長するってことの方に興味があるんじゃないの?』
学生『そうかもしれません』
先生『じゃ、魔法が使えたらみんな成長できるの?』
学生『そうじゃないと思います』
先生『じゃ、ハリーが作品内で精神的に成長していたとしたら、それはなぜ?』
学生『仲間や友達がいたからじゃないかと思います』
先生『じゃあ、本当にあなたが知りたいのは、魔法とはなにかじゃなくて、仲間とはなにか、友達とはなにかじゃない?』
学生『そんな気がしてきました』
先生『じゃ、仲間の定義は?友達の定義は?』
学生『わかりません』
先生『では、図書館へgo!』

『なぜそのテーマなの?』と学生に質問しながら、彼らが何気なく口にする言葉に隠れているヒントに気づいてあげることが、私の役割かもしれませんね。

この『なぜ?』という質問役は、ゼミのメンバー同士でも構わないときがありますので、言える範囲内、やれる範囲内で “聞き合いっこ” をしてもらいます。

そこで、時々私がアドバイスしながら、全員が納得のいくテーマにたどり着けて、テーマやテキスト、方法論などがある程度明確になったらもう、“鬼に金棒” ですね。

卒論に着手する段階でこれだけ自己分析をして、しかも私を説得しなければならないのですから、この経験は、就職活動のための自己分析や、面接の際の言葉選びにも十分適用可能なはずです。

『先生と話すとどこかにヒントが隠れてる』と言って、私との会話の “メモ魔” になったゼミ生は、卒業後の就職先の新人研修で、『まとめ方がうまい』と先輩に褒められたみたいですよ。『メモをすればまとめる材料をたくさん獲得できる』という経験からくる、自発的行為でしょう(笑)。」


確かに、「おもしろそう」と単なる興味本位で始めたことが、やるにつれて、本当に自分がやりたかったことに結びついてくるというのは、よくあることだ。

逆に、「おもしろそう」と思って始めたことが、調べるにつれて、本当は違うことがやりたかったということに気づくこともある。

「おもしろそう」だけではなく「なぜおもしろそうと思うのか」まで考えておくことは、やはり大切なのだろう。


●「文学」を勉強した意義を仕事に結びつけるには?

就職活動の面接で文学部の学生は、

「文学部での勉強とは何なのか」
「文学をどう仕事に結びつけたいのか」

などと面接官に聞かれることもあるらしい。

それについて、大野教授は学生にこうアドバイスするという。


「この大学に来て、この学部に来て、厳しくて有名な私のゼミに入ったこと、また、物事を多角的に見るしかない環境に置かれ、あれだけ私やゼミメンバーに『なぜ?』と質問されて、自分やゼミメンバーともきちんと向き合ったこと、そして自分の納得のいく本当のテーマを見つけ、逃げ出さずに最後まで卒論を書き上げて、“やり遂げた感” が得られたこと……そういったことを振り返れば、そこに答えがあるのでは?

自分の大学生活4年間を幸せそうに語って、それで周りをポジティヴ思考にできる人がいたら、きっとその人はもう魅力的な人材なのだと思います……ただし、押しつけにならないように、“上手” に相手に伝えられないといけませんね。」


●ゼミの “プレゼン” で “フリートーク禁止” の理由

仕事において何か企画を提案する際は、用意した資料と話術を駆使し、上司や顧客にプレゼン(=プレゼンテーション)をしてみせるのが常である。

大学の研究発表もそれと似たようなものなのでは、と思ったが、大野教授のゼミでは、なんとゼミ発表者の “フリートーク” は禁止で、“読み上げ原稿” をあらかじめ用意するのがルールなのだそうだ。


「これは、文系の学会発表などで用いるオーソドックスな発表方法です。“読み上げ原稿” は、限られた時間のなかで、できうる限りの内容を盛り込む努力の結晶と言えるでしょう。

最初は発表に不慣れな学生がほとんどですから、緊張のあまり頭が真っ白になったり、言いよどんで『え~っと』などという口癖を連発したり、早くこの場が終わらないかと内容を勝手に省略したり、逆にチャイムが鳴っても長々と説明を続けたりします。

『え~っと』を数え上げて時間に直すと、発表時間の3分の1くらいになりそうな子もいます。それでゼミ発表がやり直しになるくらいだったら、原稿を書いて読み上げた方が建設的ですよね。

それに結局のところ、人にわかるように読んで伝えるためには、たくさん調べて、文章を練らないといけません。

つまり、“自分の発表が他者にどう聞かれるのか” という形で自己を客観的に見つめることが、“人に伝わる言葉選び” と “上手なプレゼン” へと繋がっていくと思います。

1回やれば要領もわかってきますし、それをゼミで2年生から4年生までしっかり経験すれば、就職活動や企業でのプレゼンもそんなに怖くないのでは?(笑)」


『グリム童話』研究から得られる多角的視野が、自分を客観的に見つめることにつながり、その結果、他人とちゃんと向き合える自分になれるのであったら……『グリム童話』恐るべし、である。

自己と向き合うことで見出した研究者の道

東洋大学国際文化コミュニケーション学科大野寿子教授 大野教授は2017年4月開設の国際文化コミュニケーション学科で教鞭をとっている。「英語・英語圏文化を主軸にドイツ語・ドイツ語圏文化、フランス語・フランス語圏文化、ジャパニーズ・カルチャーが学べる学科です。」(大野教授)

ドイツ文学の研究者、グリム童話の研究者となれば、さぞ小さいころは本ばかりを読み、ドイツ文学やドイツ語がもともととても好きだったのだろう。

……と思いきや、

「好きで始めたわけではないです」

とあっさり否定された。

ではなぜ、どういうきっかけで大野教授はグリムの研究者となったのだろう。


●趣味と習い事に熱中し、将来を考える時間がなかった幼少期

幼少期から好奇心旺盛だったという大野教授。日本舞踊や習字、ピアノ、フランス刺繍、長唄、三味線……と稽古事三昧、しかも部活はバレーボールと、忙しくも楽しい毎日だったそうだ。


「絵を描くことも大好きで、アニメーションのセル画を描いたりもしました。ジグソーパズルは家族でやっていましたし、切手収集や箸袋・包装紙収集、旅行先の絵葉書や観光記念メダルの収集もしていました。

たぶん、何でも興味があったんですね。しかもテレビっ子でマンガばかり読んでいました。毎日やることが多くて楽しくて、将来のことは考えていなかったと思います。

高校3年で、国立大文系特別クラスという、成績上位者のクラスに入ったため、今度は周りに追いつけと必死に勉強するしかなくなって、将来何になりたいかを考える余裕がありませんでした。

三者面談で当時の担任の先生に、文学部か法学部に行って『勉強しながら将来のことをゆっくり考えたら?』と言われたので、文学部を選び、熊本大学に行くことになりました。」


●自分と真剣に向き合うきっかけとなったドイツ留学

大学時代に選択可能だった第二外国語は、フランス語、中国語、ドイツ語。

そのなかで、大野教授の興味を引いたのが……ドイツ語ではなく、なんとフランス語だった。
だが。


「ドイツ語が大好きな高3のときの同級生の強いすすめでドイツ語を選びました。ここでドイツ語を選択した結果、大学2年次のコース分けで、ドイツ語ドイツ文学コースに入ってしまいましたが、第1希望コースではありませんでした。

自分が何のためにドイツ語やドイツ文学を学ぶのか、モティベーションがまったくない状態でしたので、ひとまずドイツに行くためにドイツ語を勉強して、ドイツでいろいろ考えようと思いました。」


3年生の夏休み。ミュンヒェン(ドイツ)、ザルツブルク(オーストリア)に2か月、語学留学をした大野教授。

楽しい経験もしたが、それ以上に考えさせられもしたという。


「たとえば、『私は大学生です』と言うと、日本では『どこの大学?』とまず聞かれます。でもドイツ語圏では最初に『何を専攻しているの?』『それを勉強して、あなたは将来何になるの?』と聞かれます。……将来のことを考えることを保留にしたまま大学に入った私は、うまく答えられませんでした。」

自分は将来をどうしていきたいのだろう――
帰国後、気がつくと、周りの友人は就職活動を始めていた。


「いろいろ考えた末に、自分の目の前のやらなければいけないことができていないと、何の自信も持てないなと思い、ちゃんと卒論を書いて卒業することを目標としました。

時代はバブル景気でしたので、働き口はどこかあるだろうと楽観視したことが、よかったのか悪かったのか……今となってはわかりませんが(笑)。」


●「緑」をテーマにドイツ文学の研究を始める

ドイツ文学は読むには読んだが、卒論で扱いたい作家や作品が具体的に見つからなかった。

一方、文学における “色彩” には漠然とした興味を持っていたそうだ。


「そこで当時の指導教官に相談したところ、『文学の色彩研究なんて、卒論にしては大きすぎるテーマなのではないですか』と言われました。

ひとまず一番興味のある色は何ですかといわれ、“緑” と答えました。次に、緑で連想するものは何ですかと問われ、“森” や “葉っぱ” と答えました。

その次に、ドイツ文学のなかで、森や葉っぱがたくさん出てくるテキストを選びなさいと言われました。『パルツィヴァール』(エッシェンバッハ)、『森の小道』(シュタイフター)、『金髪のエックベルト』(ティーク)、そして『グリム童話』……」


そこで大野教授がふと思い出したのが、幼い日の記憶だった。


「グリムの「ヘンゼルとグレーテル」について、幼いころ、“森のなかにお菓子の家があるのはなぜ?” と大人たちに聞いても、誰も答えてくれなかったことを思い出しました。そこで、グリムの “森” を卒論テーマにしようと思ったのです。

研究書を読むにつれ、たった1つのお話が、心理学、社会学、文献学、歴史学、民俗学などたくさんの視点から多角的に解釈されていることに気づきました。

メルヒェンの “森” も、深層心理学では “無意識” の象徴、社会学的には “無政府状態” の象徴、民俗学的には “通過儀礼” の場として解釈されていました。」

学生時代について語る大野寿子教授

●がんばったご褒美には、「もっとがんばれる機会」&「かわいい子には旅をさせろ」

こうして “森” の多面性に夢中になっているうちに、締切がきて卒論提出。でも、もうちょっとがんばったら、“森” についてもっと深く学べる気がする――

そこで大野教授は、広島大学大学院の博士前期課程(修士)へと進み、文部省(当時)の奨学生として、ドイツのテュービンゲン大学に留学することになった。


「留学前、ドイツ語の発音にはコンプレックスを抱えていました。ドイツ文学講読の時間、当時の指導教官に、

『あのね、大野さん、読めばいいんでしょ読めば……みたいな感じで読むものではありません!』

と叱られて、読む練習をしただけなのに何がいけなかったの? と頭を抱えてしまいました。

留学中に、ドイツの方言地域で育った人のために、標準ドイツ語発音練習のクラスが大学にあることを知り、私も特別に参加させていただきました。

ドイツ人でさえドイツ語の発音の練習をしているんだから、外国人の私が発音練習をがんばるのは当然だよな……と思えたら、いつの間にか、ドイツ語を話すことや間違うことが、苦ではなくなっていきましたね。

帰国後、修士論文の中間発表をドイツ語で行ったのですが、そこで、 “あの” 指導教官から、『大変聞き取りやすい、自然なドイツ語でしたね』と褒められたのです。

『留学前に叱ってくださったおかげです』と言ったら、その教授、『ぼく、そんなひどいこと言った?』とニコニコしていらっしゃいました。」


広島大学の大学院では、指導教官がもう1人いらっしゃったそうだ。


「もう1人の指導教官は、ドイツ民俗学研究のノンハウを本当に丁寧に教えてくれました。

『これでも読んでみるか?』といって渡されたドイツ語の資料をなかなか読みこなせないと、『こんなものも読めないの?』と言われて……ついムキになったこともありましたけれど(笑)。

帰国後は、『まあ、読めるようになったんだな』と、とてもさりげなくおっしゃいました。私を研究者として、成長させてくださった恩師の1人ですね。」


●「大野さん、あなたが決めなさい。」――問われた“研究者になる”覚悟

大学院で勉強を続けることは、学費という形で、自身の、あるいは親への経済的負担が続くということでもある。「勉強を続けるなら、家から通学してもらわないと経済的に無理」、という家庭の事情で、修士論文執筆後は、地元の大学の博士後期課程に編入学する道を選んだそうだ。


「九州大学大学院文学研究科博士後期課程への編入学には、当時、3か国語の試験がありました。ドイツ語と英語、この編入学のためにフランス語……まさかこんな形で、選び損ねたフランス語をやることになるとは……ですよ!(苦笑)

編入学の際、九大の独文研究室の主任教授(のちの博士論文指導教官)から、『覚悟はできていますか?』と問われました。『研究者になる覚悟』のことです。

日本では、ドイツ語は英語ほど需要がなく、ドイツ文学は英米文学ほど人気がないので、大学院の博士後期課程に進むと、もう職が限られてきます。それは、大学でドイツ語やドイツ文学を教える道です。

しかも当時は、90年代の大学改革の影響で、第二外国語を履修しなくても済む大学が増えてきて、その結果、大学ですらドイツ語の先生の需要が激減するという、ドイツ語教員 “就職氷河期” でした。

つまり、“研究者になる覚悟” は、この当時は “いばらの道を歩む覚悟” でもあったのです。

たしかに “いばらの道” かもしれませんが、『ドイツ語』も『グリム童話』も『森』も、結局は、自分と向き合うということを私に教えてくれたというか、悩んでいるときにいつもそばにいてくれたことに気づいたので……主任教授に『覚悟はできています』と答えました。

それからドイツ学術交流会(DAAD)の奨学金で、ゲッティンゲン大学に留学することができ、現地で博士論文を書くチャンスが生まれました。

ドイツの博士号はなかなかのステイタスですのでとてもうれしくて、『覚悟はできていますか』と聞いてくださった “あの” 指導教官に、国際電話で報告しました。


するとこう言われたんです。

『それは大変名誉なこと。でも、大学改革後のこのご時世、日本の大学で先生になろうと公募に応募しても、ドイツ語ができる先生だけが論文の審査をなさるとはかぎりませんよ。読んでもらえなければ始まりません。
あなたがドイツで就職したいなら、博論はドイツ語で書きなさい。あなたが日本で就職したいなら、博論は日本語で書きなさい。大野さん、あなたが “自分で” 決めなさい。』

……とても重い言葉でした。2000年代前半の話です。悩んだ末、私は日本を選びました。本当の “覚悟” はこの時に生まれたような気がします。

不思議なことにその後は運にも恵まれました。ドイツ文学の若手研究者の登竜門ともいわれる【ドイツ語学文学振興会奨励賞】をいただきましたし(【振興会賞】の方が上ですが)、【博士(文学)】の学位もいただきました。

またその半年後には愛知教育大学で専任講師の職を得ることができました。
本当におかげさまです。でも、私もがんばりました。」

人生を楽しく生きるコツは、小さなことも見過ごさないこと

大野教授とゼミメンバー 大野教授とゼミメンバー(3・4年生)。今年度は、旧所属の日本文学文化学科の学生を担当している。

●大野教授から、学生へのメッセージ

これまでのお話を聞くに、大野教授は、すべての希望がかなったわけではないようだ。でも、その度にいろいろな先生方との対話を重ねて、自分と向き合って考えてきたのだ。

たくさんの指導教官との出会いと対話の大切さ、多角的かつ客観的に自分を見るということの大切さ、ここぞというときの決断力と覚悟の大切さ――
だから自身のゼミ生とも対話して、自分と向き合い、考えるよう指導されるのだろう。

『ドイツ語』も『ドイツ文学』も『グリム童話』も、最初は好きで選んだものではなかったと大野教授はいう。でも “だからこそ”、それらを客観的に見つめ、対話することができた。そういう対話を重ねるうちにいつの間にかそれらが、“かけがえのないもの” “人生の相棒(のようなもの)” になっていったのだろう。

――今はきっと、好きか嫌いかの尺度では測れないほど、『ドイツ文学』を大切にしているに違いない。

最後に大野教授に、学生へ贈りたいメッセージをうかがった。


「自分で勝手に答えを出してしまわないこと。『どうせできないから』とか『こういうことって研究テーマにならないんでしょ』とか。自分で勝手にハードル上げて、大切な道を自分でふさいでしまっています。

たとえ思い通りにならないことがあっても、進むべき道がなくなったわけではありません。そんな “逆境” の時こそ、自分を見つめる時間として有効利用すると、今まで見えなかったところに、もう1つの道を発見することもあると思いますよ。

目指しているところへと続く道は、たぶん1本ではないと思います。でもそればかり注視していると、1本しかないと思いこんでしまうかもしれません。でも、その1本がだめになったときに、ちゃんと足元を見つめなおして、まだ “別の道” があると確認できるようになるには、客観的で多角的な視点を身につけていた方が “お得” というわけです。

また、たとえ小さなことでも決して見過ごさないことです。『あれはなんだろう?』『なぜだろう?』と思ったことは些細なことでも、心のなかに蓄積した方が後々 “お得” です。 その時には意味がわからなくても、いったん自分の記憶の引き出しに入れておけば、後々、ふとしたはずみで思いもよらないところ結びつき、“豊かな答え” を導いたりもします。

“答え” も “道” もきっと1つではありません。 “逆境” を有効利用できるようになりましょう。」


自分が望んだ道でなくても、ふと足元を見れば、別の道につながっている可能性がある。

目の前に厚い壁があっても、注意深く見ていけば、壁を上るための階段が見つかるかもしれない。

問題は、それが見えるかどうか。

本質を見定め、“ものの見方”を養っていく。
大野教授の、グリム研究者としての生き方、教育の在り方は、今ここにある東洋大学の理念に通じるものがあった。

井上円了像 <東洋大学(白山キャンパス)>
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[取材執筆・構成・インタビュー写真撮影]
真田明日美

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