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ただ遊ぶのか、勉強か。その差は10年後に現れる
―学生時代を無意味に過ごさないために―

日本クラフトビール株式会社 山田司朗

「多彩で豊かなビール文化を、もっと日本へ」―30代を前に留学した先のイギリスで、“クラフトビール”の世界に触れた山田司朗さんは、キャリアを積んだVC・インターネット業界から転身しビール研究に没頭。日本クラフトビールを設立します。山田さんを動かしたクラフトビールの魅力とは。そして留学先で見えた、日本の大学の問題点とは。

山田司朗(やまだ  しろう)
日本クラフトビール株式会社 代表取締役

1975年生まれ、愛知県名古屋市出身。明治大学政治経済学部卒。卒業後、日本インベストメント・ファイナンス株式会社(現:大和企業投資株式会社)に入社。VC業を経て、株式会社サイバーエージェント、株式会社オン・ザ・エッヂ(旧:株式会社ライブドア。その後LINE株式会社へ経営統合)などで、上場準備や経営企画・財務・M&Aなどの業務に携わる。2005年、イギリスのケンブリッジ大学に留学し、MBA(経営学修士)を取得。現地で多様なビール文化に触れる。帰国後、複数のスタートアップに携わり、資本政策、上場準備、クロスボーダーM&A などを主導した。そのかたわら、ビール研究と事業準備をスタート。2011年9月に日本クラフトビール株式会社を設立し、現在に至る。

世界で広がりを見せている、多種多様なクラフトビール

馨和KAGUAとFar Yeast

―まずは、日本クラフトビールの事業説明をお願いいたします。

  自社のオリジナルレシピで作ったクラフトビールを販売しています。クラフトビールとは、作り手のポリシーが直接伝わるような小規模で伝統的なビールのことで、いわゆる大手メーカーが作る工業製品的なビールとは違ったものです。

  主力商品には「馨和KAGUA」「Far Yeast」があります。いわゆる普通のビールは「グイグイ飲める初めの1杯」というイメージですが、「馨和KAGUA」はハイエンドな和の空間で楽しんでいただけるビール、というコンセプトで作ったビールです。香り高く、おいしい料理と一緒にじっくり楽しめるようアルコール度数を高めに、そしてしっかりしたボディにつくられています。

  「Far Yeast」も香り豊かなビールですが、「馨和KAGUA」よりもどちらかというとビールらしい、フレッシュな喉ごしを特徴としています。ですので、タンクから樽やボトルに詰めた後はなるべく早くお届けするよう気を配っています。

―昨今、日本のビールの市場規模が減っていると聞きます。クラフトビールのマーケットに注目したのはどういった理由があるのでしょう?

  30歳前後の時に3年ほど、仕事や留学のためヨーロッパに住んでいたことがあり、そこで多様なビールを楽しむ文化に触れたことがクラフトビールをつくり始めたきっかけです。

  もともとビールはヨーロッパで発展し、その土地に根差した伝統的なビールがたくさんありました。しかし冷蔵技術が発達した19~20世紀にかけて工業化され、その過程で本来あった様々なスタイルのビールが失われていき、万人の好みに合うよう味が最大公約数化されていったんです。

  しかし70~80年代のアメリカで、自作のクラフトビールを作って飲む「ホームブルーイング」が楽しまれるようになり、伝統的なビールを見直していく動きが出てきました。それがビジネス化され、草の根的に世界に広まっていったんです。

  同じく日本でもクラフトビールを楽しむ傾向は広がりを見せており、ビール市場規模そのものは減少しているものの、クラフトビールの消費量は増加傾向にあります。ワインや日本酒に比べて単一的な味のビールが、消費者に飽きられているのもありますね。

―特に今の若い人は、ビールはもちろんお酒を飲む機会が減っていると耳にします。

  実は世界的に見れば、BRICsを中心にビールの消費量そのものは増加しているんですよ。でも、日本に限らず先進国では近年、お酒を控える傾向にありますね。日本の場合は飲み会文化を若い人が敬遠しているし、アメリカやヨーロッパでは健康志向が強いためです。タバコと同じく、大酒飲みは社会からもいい評価を得られないんです。

―でも、クラフトビールの消費量は上がっていると。

  そうですね。僕らとしては、お酒の消費量が少し減っているくらいがちょうどいいんじゃないかと思っていて。例えば毎日、お酒を大量に飲む人というのは安いお酒を買うでしょう。逆に、週2回しか飲まない人たちは、せっかくだからクラフトビールのようないいお酒を飲みたい、という感じになってくれますよね。もちろん、そういう日が激減したら困りますけれど(笑)。

アメリカ映画に触発されて、憧れのファイナンスの世界へ

日本クラフトビール山田司朗社長

―山田さんの学生時代や、アルバイトの経験についてお聞かせください。

  僕は29歳になった時に、イギリスのケンブリッジ大学の大学院に入学して、その時は勉強しましたが、明治大学の学部生の時というと……勉強以外は頑張っていましたね(笑)。

  アルバイトとは少し違いますが、大学3年から新聞奨学生というものになりました。新聞配達をして働く代わりに、新聞社が奨学金を出してくれるんです。それで学費や生活費を全部、自分で稼いでいました。東京の私立の大学に入りましたので、親に負担をかけたくなかったので。

  そこでは毎朝3時に起きて朝刊の配達、授業が終わって4時くらいには夕刊の配達、それに加えて集金や、集金のための時間管理も自分で行わなければならなかったです。気軽に休むということも、もちろんできません。休んでしまったら、何百世帯が新聞が読めなくなってしまいますからね。ですので学生でいながら社会の一員、という自覚はありました。

  それ以外のアルバイトですと、大学1~2年の時に飲食店とかコンビニも経験しています。でもやっぱり新聞配達の方が責任も重いですし、学費も含めて全ての面で自立して生活できた分、やりがいがありましたね。

―卒業されてから大和証券グループの日本インベストメント・ファイナンス(NIF[エヌ・アイ・エフ])に入社されていますが、そちらを選んだ理由は?

  証券業界と、今でいうソフトウェア業界のふたつに絞って就職先を選んでいましたが、不思議なことにソフトウェアの方はほとんど受からなかったのに、証券会社は全部内定を貰いました。証券会社を選んでいたのは、『ウォール街』というアメリカ映画の影響で投資銀行の世界に憧れていて、資本市場を舞台に活躍できる仕事に就きたいと思っていたからです。将来は日本でも、金融業界の花形は銀行ではなく、証券会社(投資銀行)になるのではないかと思いました。

  でも、当時の日本の証券会社は、株式の売買手数料に収益を頼っており、お金持ちの個人客に株を売る仕事がメインで、憧れの世界とギャップがありました。それで、同じ証券系で資本市場を相手にできる仕事はないか、と探していたら、VC(ベンチャーキャピタル)という仕事があると知って。結果、新卒採用をしていた大和証券系のNIFに入社することになりました。

―このころ、起業しようという想いはありましたか?

  全くありませんでした。ただ、VCの人間のほとんどが起業志向だったので、そういうもんかなと、なんとなく意識はしていましたね。

MBA取得のため、30代を前にしてイギリス留学を決意

留学についた語る山田司朗さん

―VCからサイバーエージェントやオン・ザ・エッヂに移られています。お誘いを受けて、ということですが、まだ卒業して間もないころですよね?

  そうですね。当時はネット業界の黎明期でモデルとなる事例もほとんどありません。だから多くのIT系企業は、若くても少しでもインターネットをかじっている人間ならどんどん引き抜こうとしていました。ネット業界に投資する投資家も少なかったですし、優秀な若い人材の力で資本の少なさを補おうとしていたんだと思います。

―サイバーエージェントやオン・ザ・エッヂではどのような業務をされていましたか?

  経営企画、上場準備、M&Aなどファイナンス系の業務に携わりました。オン・ザ・エッヂでは子会社である、株式会社キャピタリスタへ役員として入り、その後、親会社の方でも取締役もやらせていただきました。もともと経営陣として仕事をしたかったのでとても光栄でしたし、頑張れましたね。

―その間にケンブリッジ大学に留学されていますね。こちらはどういった経緯があったのでしょうか。

  ネットベンチャーの仕事のやり方というのはとても偏ったもので、若いころからそればっかりやってきたので多少の不安はあったんです。まだ20代でしたし、もっといろんなやり方を知りたかった。そんななか、仕事で一緒になる相手先の投資銀行やM&Aのエージェントには、MBAを持っている人がすごく多いと気づいて。僕も取りたい、と思ったんです。

  ある時、オン・ザ・エッジの子会社の代表として、スペインに向かうことになりました。子会社ではあるものの、日本の本社とほとんど交流がなく、シナジー(相乗効果)もあまりない状態でした。そこで僕がこの子会社の立て直しを任され、平行して留学の準備をさせてもらいました。 スペインで2年ほど、ここの業務に関わってから、2005年にイギリスのケンブリッジに入学しました。

―そのスペインやイギリスで、多様なビール文化に触れることになるのですね。ビール文化以外で、外国にいて気づいた点などはありますか?

  仕事観とか会社に対する考えは、日本はアメリカよりも、ヨーロッパに近いかもしれない、というところです。例えば会社に対する帰属意識。向こうは労働法が強いので、会社が社員をそう簡単にクビにできないんです。その分、長期的なキャリア形成ができる。そんなところは、日本とよく似ていますよね。

  だから僕の場合、ヨーロッパに行って「日本とあまり変わらないな」って思いました。ネット業界は特にそうですが、外国といえばアメリカで、みんなそこの文化しか知らないし、真似しようとするんですよ。でも日本はもっと、ヨーロッパを含めた世界全体を見た方がいいと感じましたね。真のグローバリゼーションというのは、アメリカの価値観だけでは理解できないと思います。

もっと日本に多彩なビールを! 強い想いが自らを突き動かしていく

クラフトビールへの熱い想いを語る山田社長

―冒頭でアメリカやヨーロッパのほうがビールの楽しみ方の幅が広いとのお話がありましたが、具体的に向こうではどんな楽しみ方をしているのでしょう?

  ヨーロッパの場合、バーやビアパブに常に何種類ものビールがあります。仕事の帰りに同僚とパブに立ち寄って飲み、家やレストランでご飯を食べる。もしくは、ご飯を食べてから、パブに出かけてビールを飲む、といったような。食事と一緒に飲んだりせず、とにかくビールだけガブガブと飲みます。おつまみもあまり食べません。ご飯の時に飲むとしたらワインで、ビールはビールとして楽しむんですね。

  とはいえ、これは伝統的なスタイルで、最近はガストロパブのような店も多く、ご飯と一緒に飲むことも増えてきています。

―帰国されたのが2006年ですね。2008年にはビール研究を始められますが、その間にもフリーランスとしてお仕事をされていたそうですね。

  様々な会社の仕事をしましたが、一番印象に残っているのは、ウノウ(ウノウ株式会社。のちにソーシャルゲームを手がけるアメリカ法人Zynga[ジンガ]が買収する)の仕事です。管理部門の責任者として、ジンガへの売却をする際の交渉や細かな手続き、PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション。合併・統合後を円滑に、またその効果を最大限にするために行う業務)を行いました。……特に交渉中は胃がきりきりする毎日でしたね(笑)。

―そんななか、ビール研究を行っていたと……。

  一度、この多様な文化に触れてしまうと、戻れないんですよ。だから帰国してからずっと、「日本はなんてビールが画一的なんだろう」と憤りを感じていたんです。居酒屋行って焼酎を頼んだ時「ウチには『いいちこ』しかありません」と言われているようなものですから(笑)。

  でも、実は日本にも、探せば国際的にも評価の高い、おいしいビールがあるんですよね。日本発でこれだけのビールがつくれるのなら、是非自分もつくりたい。……その想いが強くなっていった、という感じです。

―全くの異業種ですから、大変なご苦労があったのでは?

  最初に入る時が一番、大変でしたね。実績もない、ノウハウもない、お金もない状態でしたので。それでまずはとりあえず、小さなものでいいので実績を作ろうと思いました。

  4年間かけてレシピを考えて試作品をつくり、それをベルギーの工場で委託生産してもらいました。そしてそれを、これはと思う飲食店に持って行って置いてもらう。そして「あの店に置いてあるビールだからおいしいはずだ」と、そんなイメージを持ってもらう……といったように、徐々に実績を積み重ねていきました。

―今後、御社ではどのような方向を目指していきますか?

  昨年(2014年)から「Democratizing Beer」(ビールの民主化)というミッションを掲げています。以前は、「世界一のビール会社になる」といった、企業としての高みを目指していく形の理念を持っていたのですが、それは本当にお客さんが求めているものではない、ということに気づいたんです。今さらビールの大手メーカーがひとつ増えても、それ自体が消費者にメリットをもたらすことはないと。

  もちろん、結果として会社が大きくなるのはいいのですが、僕らに本当に求められていることは、工業化してモノトーンになったビール文化を、再び色彩豊かなものにすること……企業から大衆の手へ、「ビールを民主化していく」ことだと。ビールが豊かなものになれば、結果的にお客さんも喜んでくれます。

  常にお客さんの喜ぶべきことをミッションに直結させ、今後も様々なビールをお客さんに楽しんでいただきたいですね。

留学したことで身に染みた、大学での勉強の大切さ

山田司朗さんのメッセージ

―山田さんご自身が目指すことや、意識していこうと思っていることはありますか?

  若い時はより活躍できる環境を求めてすぐに次にいってしまう、といったように、「我慢」ができないことがいっぱいあったんです。ネット業界はものすごい勢いで成長していたので、より良い条件で他の会社に誘われる機会がたくさんありました。ひとつの職場で停滞したら、活躍の場を求めて次に移るということで自分の成長を実現しようとしていました。

  もちろん、その発想自体は悪くはありませんが、「我慢」することで成し遂げられることももちろんあるんですよね。自分の年齢も40を迎えようという時期なので、これからは環境を変えてチャレンジするのではなく、「継続」を重視したいと思っています。

―学校で講演やスピーチをされた経験もある山田さんですが、最近の学生に対してどのような印象を持っていますか?

  最近の若い人は優秀だと思っています。積極的にインターンや業界研究をしたり、留学してみたりと、社会との接点を持っている人が多いですよね。僕らの時はいい加減でしたよ。経済もここまで悪化していなかったし、まだなんとかなるんじゃないかって楽観的でしたから(笑)。

  確かに、留学する率は減っていると耳にしていますが、これからは国際的なセンスがもっと大事になってくるし、国も留学のお金を出すくらいしないといけないと思います。もったいない話ですよね。

  ただ、日本の大学の仕組みそのものが、すごく悪いなと感じています。学生が勉強しなくてもやっていけるようになっている。海外の大学院に通って分かったことですが、卒業するだけでも本当に大変なんですよ。クラスへの貢献が重視されるので、授業中1回も発言できないような奴はこのクラスには必要ない!という雰囲気でした。向こうはそれだけ、みんなで授業の質を高めていこうという雰囲気があるし、ちゃんと勉強しているんです。

  4年間ポケーッと過ごして遊んでいる人と、4年間ちゃんと勉強している人の差は、きっと10年後に出てくると思います。でも、それは日本の大学の制度も悪いので、大学に入ったあとでも、思い切って海外の大学に編入してみる、というのもいいかもしれないですね。

[取材]高橋秀明・真田明日美 [執筆・構成・撮影]真田明日美

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