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ドイツ語学から毒舌研究、ロボット漫才まで! 宏美白井の“限界をつくらない話”

慶應義塾大学 白井宏美

★CG新企画★“研究者のキャリア”を選ばれた方へインタビュー! 第1弾の今回は、会話、メール、チャット、お笑いまで、さまざまな視点から“言語とコミュニケーション”を研究する慶應義塾大学准教授 白井宏美先生を取材♪ 学生生活を過ごし、卒業後は結婚、家庭を築く……当時“当たり前”と思っていた人生から一転、言語研究者の道へ。――その心情の変化とは? 今年度の研究テーマ「芸人Pepperプロジェクト」についてもお話いただきました。

白井 宏美(しらい ひろみ)
慶應義塾大学総合政策学部 准教授

1963年兵庫県生まれ。初の女性都知事となった小池百合子氏も卒業生である神戸の名門女子校、甲南女子中高等学校の出身。甲南女子大学卒。社会人経験を経たのち、1998年、関西学院大学大学院に入学する。2003年、ドイツのハノーファー大学へ留学し、2008年に博士号取得。帰国後は、神戸大学・関西学院大学・関西大学・甲南大学で教鞭をとり、2011年、慶應義塾大学 准教授となる。湘南藤沢キャンパスにて「談話分析」「日独比較研究」ほか、多様な観点から“言語とコミュニケーション”の研究を行っている。2012年にはNHKラジオ『まいにちドイツ語』の講師も担当。2016年下期のテーマとして、人型ロボットPepper(ペッパー)を使った「芸人Pepperプロジェクト」を始動させる。

『すべらない話』はなぜすべらない?人を惹きつける会話って?――「談話分析」の魅力

慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスにて白井宏美准教授 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパスにて

―白井先生が取り組まれている研究について、ご説明いただけますでしょうか。

  言語学、特に「談話分析」が専門です。なかでも相互行為、つまりコミュニケーションに重点を置いています。

  「談話分析」から、あいづちや会話の「間(ま)」をどのように取り入れるか、それでどのような効果を得られるかなどが分かったり、会話の規則や法則性、話し手と聞き手の関係性、文化の相違などを追究することができます。

  「談話分析」を学ぶことで、私たちが“無意識”にしている会話やおしゃべりを“意識化”できるようになります。意識したうえで、普段の会話にどう活かしていくのか。そんな身近で親しみやすい部分もあるところが、この研究のおもしろいところだと思います。

―「談話分析」を含めた“言語とコミュニケーション”の研究はとても幅広いものだと想像しますが、『白井研究室』では、今まで学生からどんな研究発表がありましたか?

  「『すべらない話』はなぜすべらないのか」、「マツコ・デラックスは毒舌なのになぜ人気があるのか」、「なぜローラの『タメ口』は受け入れられるのか」などなど…… “人を惹きつける”会話や話し方にみんな興味が向くみたいで、特にタレントさんや、お笑い芸人さんが分析対象としてよく挙がります。

  『白井研』では談話分析の観点から、学生それぞれが「おもしろい!」「やってみたい!」と思えたことを大事にするようにしています。私のような“研究者”目線ではなく、学生のような“素人”目線だからこそ出てくる発想もあるので、私自身もとても勉強になって楽しいですね。

―先生はもともと、ドイツ語学がご専門ですよね。言語コミュニケーション論についても日独の会話を比較して研究されることが多いそうですが、日本語とドイツ語を比較する意義や目的は何でしょうか。

  ゲーテの有名な言葉に「外国語を学ばない者は、自国語を知らない」というものがあります。私たちは日本語を“当たり前”のように使っているけれど、「何が特徴なのか?」と言われたら、意外とわかりませんよね。
  ドイツ語のようにまったく違う言語と比べてみると、音の特徴や文法的特徴などがわかるようになるんです。

  違う国、違う言語を持った人との、お互いの特徴を明らかにすることで、それぞれが自分と相手の良さを受容し、コミュニケーションの摩擦を避けようという目的があります。

分析結果を活かし、発信する方法として見つけたのは……?

慶應義塾大学白井宏美先生

―先ほどの「『すべらない話』はなぜすべらないのか」という研究ですが、結果どんなことが分かったのでしょう?

  簡単にいうと、「すべらない話」はすべらないんじゃなくて“すべらせない”ように、共演者が巧みな話術で周囲を巻き込んで笑いをつくっていたんです。多少オチが弱くても、周囲が巧みな技で、さもおもしろかったように盛り上げる、というような(笑)。私たちの研究室では、これを「共犯性」と名づけました。

―なるほど(笑)。今年度(2016年度)では「Pepper」を使った談話分析をされているそうですね。現状、会話や意志疎通の難しいロボットを使おうと思ったのは、どういった経緯からですか?

  マツコ・デラックスさんを始め人気の毒舌家の方の談話分析を行った結果、確かにいろいろなことがわかったのですけれど、芸能人の方の話術というのは結局、私たちが日常で話す会話とは、人間関係や背景にかなり違いがありますよね。

  じゃあこの分析結果を社会に還元するには? 活かしていく道は? と考えていたところ、Pepperと漫才をしている「ペッパーズ」さんの動画を拝見したんです。それを見た瞬間に「コレだ!」と直感したんですよ。

  本当だったら芸人さんが関わる世界で我々の研究結果を試すのが一番なんですけれど、プロの方に頼むというのも、現実的に難しいですよね。でも、Pepperというロボットが相手なら我々でもできるし、漫才のおもしろさ、人を惹きつける会話についてわかるかもしれない。そう思ったんです。

  いっぽうで、私はロボットにもともと興味がありました。おっしゃる通り、ロボットにとって今、一番苦手なことって“自然な会話”なんですよ。人工知能が発達したとはいえ、「間」の取り方や、「うまい返し」というのは、どうしてもまだ難しい領域で。

  でも、このペッパーズさんの漫才は、間合いがすごく自然で、おもしろくて。ペッパーズさんにすぐに連絡を取って、会いに行きました。

  ペッパーズさんはお笑い芸人の金子竣さん(かねこ しゅん/吉本興業)がツッコミを担当し、Pepperがボケるというユニットです。Pepper漫才のやり方を聞くと、金子さんのご友人でプログラマーの安野貴博さん(あんの たかひろ/東京大学研究員/IPAの2015年度 未踏スーパークリエータに認定)が、間合いをとりながらPepperを操作しているんですよ。

  この方法なら、我々が続けてきた「間」や「あいづち」の研究を活かせるし、自分たちで漫才を演じることによって研究結果を世間に発信できると思いました。

―なるほど。それが「芸人Pepperプロジェクト」の発端ということですね。

  そうです。世界でもたぶん初めての試みだと思うんですが、談話分析の概念とか知見とかを掛け合わせて、漫才のネタづくりから実演までやるんです。もちろん私も参加します(笑)。

  その関係で、吉本興業さんの「よしもとロボット研究所」ともお付き合いを始め、現在、Pepperを使ったいろいろな研究を一緒に進めています。

舞台の上に立つ快感と感動が、今の立場につながっている

Pepper漫才撮影風景

―白井先生の学生時代についてお話をうかがいたいのですが、「先生や研究者になろう」と思ったのはいつごろなのでしょうか。

  その道に進もうと思ったのは卒業後でしたが、実は小さいころから「先生ごっこ」をするのが好きだった記憶があります。漠然と、生徒よりも先生側の立場に憧れていました。

  そのせいか人前で表現することが好きで、中学から高校までの6年間、ずっと演劇部に入っていました。幕が下りた時の感動は言い表せないほどでしたね。舞台の上は怖さもありましたが、気持ちよくて、のめりこんでいました。

  演劇の道に進むことは考えなかったのですが……この時の経験は、教壇に立つ時や、学会で発表する時に発揮されますね。発声とか、心構えとか。特に、NHKラジオでドイツ語講座を週3回6ヶ月間担当した際は、演劇で培った技術を活かすことができました。

  聴いている人々の空気を感じながら、「どこで盛り上がりを見せようか」「充実感を与えるには?」と、考えながら教壇に立っています。

―大学では心理学を専攻されていたとか。将来のことを考えてでしょうか。

  心理学はおもしろくて一生懸命勉強したのですが、それを糧にとか、職業に就こうというのではなかったですね。

  というのも、当時のいわゆる「お嬢様学校」では、卒業したら花嫁修業をして結婚し良妻賢母になりましょう、というのが“当たり前”の時代。由緒ある旧家で育った人が多く、よそで働くほうが恥ずかしい、という感覚さえありました。就職する女性もいましたが、まだまだ「結婚するまでの腰掛け」という感じでした。

  だから私もほかの人と同じく、卒業したらお茶やお華やお琴、お習字といったおけいこ事をしていました。それはそれで満足してましたし、楽しかったんですよ。

―そうだったのですね。とはいえドイツへ語学研修や、社会人経験もされていたとうかがいましたが。

  ドイツでの語学研修は、22歳の時、一種の教養として両親が薦めてくれたんです。「違う国の言葉や文化に触れるのは、人生においてとても大切なことだ」と。

  それでドイツ語学校でドイツ語を学んでから出立し、1年間、向こうで生活しました。ドイツを選んだのは、大学でドイツ語を学んでいたことや、当時ピアノの先生がドイツのことをよく話してくれたので、親しみがあったんですね。

  帰国してお世話になったドイツ語学校へ挨拶に行った時、教室や運営のお手伝いをお願いされました。それからご縁があり、「子どもに教えてほしい」などご依頼が増え、家庭教師のようなお仕事をするようになりました。

  それからドイツ語学の道へ進むべく、関西学院大学の大学院に入ったのです。

“当たり前”が崩れた時、本当の意味で、生きる力が生まれた

白井宏美准教授

―最初は結婚のため、花嫁修業をしていたわけですよね。言語学研究者の道を目指すことになる直接的なきっかけがあったのでしょうか?

  実は家庭教師をしている間、結婚はしたんです。結婚したら“当たり前”に子どもができて、“当たり前”に歳を取り、それで人生が済む、と思っていました。……ところが、子どもができなかったんですよ。

  病院で診てもらっても夫婦ともに問題はなし。だけど、できない。その後、不妊治療をして、ようやく妊娠したものの、流産となり、心身ともに疲れ切ってしまいました。ほかにもいろいろあって、夫婦間もぎくしゃくし、離婚するまでになってしまって……。まさか自分が離婚するなんて思いもしませんでした。

  それまでなんの苦労もしなかった分、自分にとっての“当たり前”が根底から覆されてしまったことが本当にショックで、目の前は真っ暗。人生で生まれて初めての絶望を経験しました。

―そのようなご苦労があったのですね……。

  だけどそこで、ようやく気づいたんです。“当たり前”だと思っていたことは、“当たり前じゃない”。世の中の人はみんな、それぞれいろんな事情を抱えながら生きている。自分の人生は、自分で決めていかなければいけないんだって。

  再婚のお話もいただきましたが、ここでまた成行きに任せ、他人に依存しようとしても同じことをしてしまうだろうと感じました。「自分の力で、精神的にも経済的にも自立したい」と強く思ったんです。

―なるほど。ではパートや、あるいは家庭教師に復帰したのですか?

  いえ、このことについては、両親からの言葉がとても大きかったですね。
  父からは「バイトやパートのように、今すぐ誰でもできる仕事は、失うのも早い。時間がかかってもいいから、人がなかなかできない仕事をするほうがいい」と。いっぽうで母からは「自分の一生を賭けて取り組むなら、一つのことを究める研究者はどう?」と言われました。

  実は大学卒業する時に大学院進学を勧められてはいたんですが、その時はそこまで乗り気じゃなくて。でも改めて両親からそう聞いて、自分もとても納得して。それで、大学院を受けてみようってことになったんです。

―そのような流れだったのですね。2003年にはドイツのハノーファー大学で博士号を取得されますが、わざわざドイツで博士号を取ったのはどうしてですか?

  ドイツ語学の本場で博士号を取ったほうが、日本で取るよりものちのち価値が違ってくる、と恩師からアドバイスをいただいていたためです。

  ちょうどそのころ、恩師と研究者仲間がハノーファー大学の教授を日本に招聘されていましたので、紹介していただき、さまざまな手続きを経て留学することが決まりました。

  実はドイツには大学院というものはなく、学びたい先生に直接「弟子入り」するような形なんです。私もドイツ人の教授のそばについて研究を進め博士論文を執筆していました。

―2008年にご帰国されてから神戸大学や関西学院大学など講師を歴任されますね。やはり現地で力をつけられたということで、あちこちからオファーがあったのでは?

  いえいえ、とんでもない!なかなか専任で大学の講師となるのは、席も少ないので簡単じゃないんです。

  選ばれたら選ばれたで、きちんと教えることができるのか、研究業績はどうかなど、何段階も審査があります。そこは一般の企業と似ているかもしれませんね。

―それでも、大学院に入られてから10年経っているわけですから、やはり厳しい道のりなのですね。
  ちなみに初めて教壇に立ったのはどこでしたか? また、どのような気持ちでしたか?

  最初は、大阪外国大学(現:大阪大学)です。実は大学院生の時、急きょピンチヒッターで半年だけやりました。当時は自分に実力がないので、不安だらけでしたね。

  博士号を取ってからはそのような不安はなくなりましたが、それぞれの大学、それぞれのクラス独特の「空気感」があるので、うまくやっていけるか、といった緊張感はありました。

  でも、そのなかでどうやって自分の授業の「色」を出していくか、学生たちを惹きつけ、盛り上げて、コミュニケーションを取っていくにはどうしたらいいか……と、工夫するようになりましたね。

  専任であればじっくり時間をかけられますが、非常勤ではその場その場で空気に合わせる必要があったんです。

―まさにそれは、学生時代の経験の賜物ですね。教壇に立たれてから、辞めようと思ったことはありませんでしたか?

  まったくないですね。挫折というものもありません。とても充実しているし、これからどんどん、自分をパワーアップさせたいと思っています!

人には自分でも気づかない力がある。迷わず挑戦してほしい

白井研究室のようす

―教壇に立つ身として気をつけていること、ポリシーとしていることがあれば教えてください。

  「学生のいろいろな面を見る」ということですね。
  先生として、どうしても1人の学生に対しレポートの出来具合や出席態度などを気にしてしまうのですが、でも別の視点からその人に光を当てると、まったく違う面が見えることもたくさんあるんです。

  今回の「芸人Pepperプロジェクト」でも実際に前に出て漫才をさせることで、私の知らなかった学生の一面が見えてきたり、学生自身も「自分はこんなことができるんだ!」と“今まで気づかなかった自分”を知るきっかけになった子もいるようです。具体的にどういった変化があったかは、今期の研究結果で改めてまとめてみようと思います。

  それと、自分と学生との「距離」というのも意識しています。立場上ではこちらのほうが上ですし、つい一生懸命になりすぎて相手に厳しい言葉を使ってしまうこともあるんですけれど、ビジネスの関係とは違い、相手の成長を促すことが私の仕事ですから。その辺のことは、特に気をつけるようにしていますね。

―教師や研究者として、将来はどうなりたいと考えていますか?

  もっと違う分野の人と協力して、おもしろいと思ったことを、どんどんしていきたいです。

  自分自身、1年前はPepperと漫才してるなんて思ってもみませんでした(笑)。でも「コレだ!」と直感したことを迷わずやってみたことで、「よしもとロボット研究所」さん始め、いろいろな方とのお付き合いができ、やれることがどんどん広がっていきました。

  日本とドイツ、言語学とロボット、学生さん、芸人さんと、いろんな立場のいろんな考えの人とつながると、道が開け、目的を超えたことができると感じています。今後もそうしていきたいですね。

―それでは最後に、記事を読んでいる学生の皆さんや若い世代にメッセージをお願いします!

  私が研究者になろうと大学院へ入学したのは35歳の時でした。それって普通に考えたら「遅すぎ」ますよね。実際に、12歳年下の大学院の同期に「白井さん、今から教員目指すなんてもう無理でしょ?」と言われたことがあります。

  でもふたを開けて見たら、私より先に進んでいたはずの同期は職に就けず、私はこうして教壇に立っています。追い越せていたんです。

  絶望を経験してから、私はわき目もふらずこの道に進みました。もちろん不安もありましたけれど、そうして必死になっていたら、周囲の人がたくさん助けてくれました。自分が一生懸命になったことで、周囲も変わっていったんです。

  学生さんに言いたいのは、「最初から自分に限界をつくらない」こと。そして「自分には、自分でも気づいていない能力がある」ということ。

  たとえ絶望することがあっても、諦めなければ自分はどんどん強くなりますし、自分を見てくれている人も必ずいます。

  ですから何でも「無理だ」とは思わないでください。平均的にそう思えることもあるかもしれませんが、視点を変えてみて、少しでも「行ける」と思ったら、迷わず挑戦してほしいです。

  やってみたら、なんとかなるものです(笑)。なんでもやってみて、そのなかで新しい発見をたっくさん、してくださいね!

白井研究室にてPepper漫才 <慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス>
〒252-0882 神奈川県藤沢市遠藤5322
小田急江ノ島線、相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーライン 湘南台駅よりバス「慶応大学」行きで約15分

[取材・執筆・構成・撮影(インタビュー写真)]真田明日美

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